6.君が為に僕は行く


 太陽が照りつける爽やかな日に、汗を流しながらぐったりと歩く少年がいた。
 太陽光だけではなく、通学路という人の多さにも耐えられないのだろう。それに、男の子にしては身長が低く、人ごみに埋もれていた。

「こっち、こっち! こっちの方が近道だし、涼しいよ」
「は? あんた誰だよ……ま、いっか」

 あるとが声をかけると、少年はぐったりとしながら裏路地へと付いてくる。

「本当だなぁ! 涼っしい!! ありがとな!」
「しんどそうだったからさ。どういたしまして、五日町君」

 すると、少年はいぶかしげにあるとを見つめた。

「あんた誰だ? 何で俺の名前を知ってるんだ……?」



 あの日、ビルの屋上で五日町司がたとえば君に録音した言葉は2つだった。
 一つは、『たとえば今までのたとえば君による効果が全て無効化されたならば』。
 そう録音した瞬間、司は倒れそうになったが歯を食いしばり、2つ目を録音した。
 それは、『たとえば世界中の誰一人がたとえば君の存在を忘れたならば』だった。
 そう言い放った瞬間、司の頭に電流がクラッシュしたような感覚がした。
 そしてそれが全身に行き渡ったると、司は気絶してしまった。
 どんなに起こしても起きないので、あるとは司を背負い、病院まで連れて行った。
 2,3日して目が覚めた司に会いに行ったあるとを待ち受けていたのは残酷な言葉だった。

『司君はいたって健康なのですが、一つだけ記憶障害が起こってます。それは、あると君。君の部分だけです』

 司の母が目覚めた時に言ったらしい。

『母さん……?』
『もう心配かけて! あると君が病院まで運んでくれたのよ!』
『ごめん……なぁ、母さん。あるとって、誰だ?』

 その後確かめるべく何度もカウンセリングしたのだが、あるとの部分の記憶だけがすっぽりと抜け落ちているようだった。
 あるとは絶望し、そして気づいた。司が失った代償、それは自分との思い出、すなわち友情だったのだと。



「君、五日町司君だろ? 同じクラスじゃないか」
「え? そうだっけ? えーと……」

 退院して、初の登校日にあるとは司を待ち伏せ、二人で話ができるように裏路地へと誘った。
 一生懸命クラスメートの一員である自分の名前を思い出そうとしている司を見てあるとは悲しかったが、それは心の奥底に隠した。

「高山あると。中学から一緒だよ」
「えー! なのに俺名前覚えてないのかよ……ごめん」

 心底申し訳なさそうな顔をして謝る司に、あるとはいいよと笑った。

 代償といっても、超強力催眠電波によるものであって、もしかしたら解けるかもしれない。ビルから落ちる瞬間の自分のように。
 いいや、思い出せなくてもいい、これから友情を築いていけばいいのだから。
 司は言っていたではないか、『何があっても、俺とお前は友達だからな!』と。

「ねぇ、それ……」
「ん? これか?」

 ボタンをとめず、開かれた首元に小さなボイスレコーダーのようなものが見える。

「何かわかんねぇけど、母さんがずっとつけていなさいって言うんだよ」

 司の母に記憶障害の事を告げられた日、あるとはたとえば君をネックレスに加工して、司に肌身離さず持ってて欲しいと言って渡した。
 司の母は戸惑っていたが、2人の何か思い出の物なのだろうと推測し、それを受け取った。
 そんな事を知らない司は少し恥ずかしそうに笑って、ネックレスを持ち上げ見せてくれた。

「へぇ……ねぇ今度それ貸してよ」
「えー……母さんが肌身離さずつけてなさいって言うんだよ」
「ちょっとだけだから、すぐに返すよ」
「ならいいけど……」

 不本意そうな顔をする司を見て、あるとはポケットから名刺を取り出した。

「何それ? 名刺?」
「諸悪の根源……良い事にその頭脳を使わず、己の楽しみのために人を陥れる野郎の名刺だよ」
「な、何かすごいヤツだな」

 司はややその言い方にひいていたが、あるとは憎しみに燃えていた。
 今も道端に倒れたフリをして、親切な人を苦しみの道へと導いているのだろうか。そんなの、絶対許されない。

「もう二度と、そんな犠牲者を出しちゃいけない……!」
「高山君……?」

 憎しみに燃えるあるとを、司は不安そうに見上げていた。

「何でもないよ。あ、もうこんな時間! 急がないと遅刻だよ!」
「え? あ、本当だ!! 走ろうぜ!」

 作戦を練りに練った2人が、納田まで巻き込んで秋月に復讐しにいくのはまた後日。
 爽やかな初夏の中、少年が2人息を切らせながら裏路地を走っていった。

 

 

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