4.発明品




 名刺の住所を頼りに、入り組んだ古い家が密集した道を抜けるとボロボロの一軒家があった。
 住所が指し示す場所はこの家で合っているはずなのだが、どう見ても人が住んでいるように見えない。

「すみません、誰かいませんかー?」

 インターフォンもなく、仕方ないのでドアをノックする、が返事は無い。
 痺れを切らした司は思い切ってドアノブを引っ張ってみた。
 すると、何の抵抗もなくドアは開き、司はごめんなさいと言いながら中へと入っていった。

 中は暗く、床はところどころ抜け落ち、歩くとギィギィと軋む音がする。
 中はかび臭く、おおよそ人が住んでいるように見えなかった。

「胡散臭そうな男だったもんなぁ……廃墟の住所かよ」

 ため息をつき、落胆する。すると、ふとコーヒーの香りが微かに鼻をかすめた。
 こんな廃墟にコーヒーの香りとは不似合いな……誰かいるのだろうか?
 そう思い、香りをたどっていくと書斎らしき部屋にたどり着いた。
 廃墟には不似合いな大きな机と立派な椅子。ひしめく本棚。
 この机で誰かコーヒーでも飲んでいたのだろうか。だが、ここにも人の気配は感じられなかった。

「おかしいな……でも、他の部屋では匂いしないし……」

 キョロキョロと部屋の中を見渡していると、ふと机の上に液晶画面が埋め込まれているのを発見する。

「何これ」

 電源を入れるスイッチが画面の下についており、押してみる。
 すると液晶画面に『アイテムをかざしてください』という文字が現れた。

「アイテム……?」

 部屋にあるものだろうか。いや、もしかして――
「……この名刺?」

 半信半疑で名刺を画面にかざす。するとカシャっと音がして名刺から何かを読み込みだした。
 もしかしたら見えてないだけでQRコードみたいなものが埋め込まれているのかもしれない。

「なかなか進まないな……あ、終わった」

 液晶画面に『階段を降りて下さい』と表示されると同時に、バタンと大きな音が響く。
 慌てて振り返ると部屋の真ん中の床がぽっかりとなくなっていた。

「隠し階段……? へぇ……」

 何だかゲームの中を探検している気分だ。
 少しだけワクワクしながら、司は地下へと続く階段をそっと降りていった。

 チカチカと点滅する裸電球の明かりを頼りに階段を降りると、ポツンとドアが一つだけあった。
 深呼吸してから、ドアをノックすると「どうぞ」と中から声が聞こえた。
 入ろうとして、ふと司はある事を思い出した。

(……今、ドアの向こうの人……俺のノックに返事したよな……?)

 あるとは言った。『たとえば五日町司の存在、する事すべてが俺以外誰にも認識されなかったら』と。
 なのに何故ドアの向こうの人は司のノックに返事をすることができたのだろうか。

(俺以外にも、装置の力が効かない人がいるってことか?)
「どうしました? お入り下さい」

   男の言葉にビクリと身体が震える。

(えぇい、ままよ!!)

 考えるのをやめ、司はドアを開いた。

 ぶわぁと鼻腔に広がるコーヒーの香り。
 ドアの向こうは、まるで魔法使いの書庫とでもいうのだろうか。
 所狭しと本棚が並べられ、アンティーク調のランプが雰囲気を醸し出している。
 ただ、足元を覆うおびただしい配線と3つの大きなパソコンがファンタジーな雰囲気をぶち壊してはいるが。

「ようこそ、私がガナルカタル秋月です……ん?」

 キョロキョロと辺りを見回す司に、部屋の奥に座る秋月は怪訝な顔をした。
 眉間にしわを寄せ、一瞬思い出そうとする素振りをしたがすぐに首を横に振った。

「ダメだ、心当たりがない。君は誰でしょう? どうやってこの部屋に入ってきたんですか?」
「え? えっと……この名刺を……」
「名刺?」

 司が名刺をポケットから取り出し見せると、ますます険しい顔になる。

「これ、どこで拾ったんですか?」
「はぁ? 何言ってんだ。あんたが渡してきたんじゃないか」
「……私が?」

 疑い深そうな眼でジロジロと司を観察する。が、やはり納得いかないようで。
 仕方なく司は名刺をポケットにしまってから、説明をした。

「1週間前の朝に道にうずくまるあんたを俺の友達が介抱したんだ。
そしたらあんた、お礼にってたとえば君っていう装置を友達に、俺に名刺を渡したんじゃないか」
「たとえば君!! そうか、あの時そばにいた子ですか」

 ようやく思い出したようで、秋月は急にニコニコしだした。

「そうかそうか。本当は装置を渡した子も連れてきてほしかったんですがね!」

 秋月は立ち上がり、棚の引き出しを開け、マイクを取り出した。

「これはたとえば君の試作品でね。いやぁ、苦労したんですよ、アレ」
「そいつのせいで、俺の友達メチャクチャになったよ。使うなって言ってるのに、使い続けるし」
「代償が必要だと、言ったでしょう? それに、実験に失敗はつきものです」
「なっ……!? ふざけんな!!」

 マイクを元の引き出しに直し、男は椅子に座りなおす。
 黒い革の手袋をした指を3つ折り、にやっと笑う。

「君の友達で3人目、かな。あれは超強力な催眠電波を放つという装置でね。
人を小さくするとか、そういうのは不可能だけど透明人間になるぐらいなら叶えてくれるんです。
超強力な催眠電波は録音されると同時に発生し、周囲に影響を与える。
それは常にであり、録音者が移動すればまた新たな周囲に影響を与えるし、元から影響を受けていた人たちもかかったまま。
当然、本人にも影響がある。しかも超強力だから、使えば使うほど……おかしくなっていく」
「そんな……!!」
「使うなと言っても使い続けると言いましたね。
たぶんですが、電波を受けると気持ちいいんですよ。気持ちいいものは、いくらでも欲しくなる。
やめようと思っても、止められない。まるで麻薬のようにね!」

 目の前が真っ白になる。
 麻薬だと? あるとは親切心で助けただけなのに、この男の実験台にされ、麻薬のような装置におぼれているというのか。

「……3人目だと言ったな。ほかの2人はどうなったんだ。
それと、超強力な催眠電波が周囲に影響を与えるのなら、何故俺には効かないんだ?」

 手を口元で組み、にぃと秋月は笑う。
 分厚いレンズの丸メガネでわからないが、おそらく死んだ魚のような濁った目をしているのだろう。
 人が不幸になっているというのに、笑うなんて。

「いい質問ですね。2人は私がしっかりとストーキングして、記録を付けてあります。見ますか?
本当は君の友達も記録付けるはずだったんですがねぇ。今回のたとえば君はよほど影響力が強かったようですね」
「……結果だけ、言えよ」
「……せっかちですね」

 机の上のファイリングを取り出し、パラパラとめくる。

「あぁ、1人は小学生で、1人は若いOLですね。
2人とも、君の友人同様親切で……結構見ていておもしろかったんですけどね、OLは自殺しました。
小学生は今も施設の中ですね」
「人の親切につけ込みやがって、このゲス野郎!!」
「ありがとう、褒め言葉です」

 こんなやつのせいで、あると含め3人の人生が狂わされたなんて!
 今すぐ飛び掛かって殴りたい衝動にかられたが、殴って気絶されては困る。

「OLはね、不満がいっぱいだったんでしょうね。あれよあれよと使いまくって止める暇もなく、自殺しました。
小学生はね、さすがに可哀想だと私の中の良心が訴えてきたんです。だから、自殺する前に止めました」
「その前に、渡すなよ……!」

 一刻も早く、この男の前から立ち去りたい。
 だが、目的をなさずして退出はできない。司は怒りをいったん沈め、ぐっとこぶしを握り声をひねり出した。

「もういい……俺の目的は1つだ。たとえば君を無効化する装置を作れよ……不可能だなんて言わないよな!?」
「……そうきましたか」

ふぅとため息をつくと、秋月はどこかふてくされたような顔をした。

「そんなもんありませんよ。それに、超強力催眠と言っても日にちがたてば薄れる。
使う人がいなくなれば、電波が移動することもなくなりますしね。だから、作りません」

 司が下唇を噛み、にらみあげているのを見て、秋月はにやっと笑った。

「まさか、透明人間になったんじゃないでしょうね?
『たとえば世界中の誰一人自分を認識しなくなったならば』とか……その顔は、図星ですね」

 秋月は口を大きく開け、ゲラゲラと顔に似合わない笑い方をした。
 悔しくて何も言えない司は睨む以外何もできなかった。

「ヒャー! 誰にも認識されない死体が超強力催眠電波を放つ装置を持ち続けたら、腐ろうが朽ち果てようが誰も気づきませんよ!!
一生、誰にも埋葬されることなく路上生活ですね」
「……もういい。つまり、あんたは何もできないんだな。来て損したよ」

 この男から得るものは何もない。そう判断した司は立ち去ろうとした。

「いいことを二つ、教えてあげましょう」

 笑い転げていた秋月が、楽しそうに言う。
 そして、胸ポケットから懐中時計を取り出し、すっと真顔になった。

「超強力催眠と言っても、製作者である私にかかっては観察のしようがないですからね。
私が発明したアイテムを身に着けている、持ち歩いている人には効かないんです。
君に催眠が効かなかったのはそのためですね」
  「……そんなことかよ、じゃぁな」

 司は背を向け、ドアノブを回した。

「おやおや、せっかちですね。そんなことでは大きくなれませんよ。
……2つ目は、君の友人は超強力な催眠にかかっています。目覚めさせるには、心に訴えるしかありません。
電波よりも強力な言葉を浴びせることで……もしかしたら、催眠を敗れるかもしれません。憶測ですが」
「心に訴えかける……?」

 その時、司はふと思い出した。
 絶交すると言った時、弱弱しかったがいつものあるとに戻っていたことに。

「君と友人の友情が、カギを握っています。成功するといいですね」

 ぱたんとドアは静かに閉まったのだった。
 


 秋月宅を後にして、司はあてもなく歩いていた。じっとしていたら、悲しみで押しつぶされそうだったからだ。

「あると……あるとはどうなっちまうんだ……!」

 実験台は自殺は施設に行ったと言っていた。あるともそうなるのだろうか。
 秋月の言葉を信じるならば、まだ道はあると思う。だが、催眠を破る友情の力など、あるのだろうか。

「そもそも、あるとはどこにいるんだよ!」

 思い当たる場所は全部探した。自宅にも行った。
 学校では装置のせいで認識されず無視されたが、自宅は装置の範囲外だったらしくあるとの母親が出迎えてくれた。

「あら、司君。どうしたの? 今の時間は学校じゃ……」
「おばさん! あるとどこにいるか知らない?」
「あると? あるとがどうかしたの?」
「もしかしたら、自殺するかもしれないんだ! だから居場所を……」
「自殺? あら、そう」

 母親の口から出てきた言葉は、そっけないものだった。
 装置の力が働いているからだとわかっているが、それは司に大いにショックを与えた。

「好きにしたらいいわ。あるとの望むままに。私は何だって受け入れる」
「おばさん……」
「それより、司君! 学校さぼっちゃダメよ?」

 にこっと笑顔でそう言い放つあるとの母はとても奇妙なものに見えた。
 日数が経てば、催眠の効果は切れると言っていた。
 だから、1か月も経てば母はあるとがいない事に気づき、捜索願を出すだろう。
 だが、あるとは見つからない。何をしても受け入れられる、
つまり死体となってそこに転がっていても転がりたいならそこにいればいいと受け入れられる電波を放つ装置を持ったままだから。
 いくら大勢の人間が探そうとも、その電波が認識を邪魔して家族の元へ連れて行こうと思わない。
 仮に司が見つけ、ここにいると指をさしてもそれがどうしたとなるのだ。
 その時のあるとの家族の悲しみはいかほどだろう。息子が見つからないと嘆き、悲しむだろう。
 だが、司の悲しみはさらに上をいくだろう。
 ここにいるのに、俺にはここに死体で転がっているのはおかしいと言えるのに、誰もおかしいと認識してくれない。
「司君?」
「あ……」

 ぽたり。静かに涙が落ちる。
 司の限界を超えた瞬間だった。悲しみに、葛藤に耐えられなかったのだ。

(このままじゃいけない!)

 あるとより、先に自分がダメになってしまうかもしれない。
 両手で顔を覆い、ぐっと腹の底に力を入れる。俺が何とかしなくちゃいけないんだ、俺以外に誰もいないんだ。

「大丈夫?」
「ごめんね、おばさん!」

 心配そうな顔のあるとの母を置いて、司は走り出した。



 自殺する人が行きそうな場所や、一人になりたい人が行きそうな場所など、思いつく場所は全て回った。
 もう一度学校にも行ってみたが、やはりいない。携帯は当然つながらない。
 途方に暮れて空を見上げる。時刻はもう夕方になっていた。

「・ると……チキショー……どこにいるんだよ!」
「おい、小さいの」

 突然声をかけられた。

「何やら移動しまくっているのがいると思ったらお前か。何をしている」
「納田……お前こそ、何してんだよ」
「先輩、だろ」
「うぐ」

 納田はふんと腕組みをして見下ろしてくる。
 通学路ではないので、偶然居合わせたわけではないようだ。

「何をしているんだ」
「……っていうか、何で俺の居場所わかるの? 怖いんですけど」

 むっとした顔で、納田は背中のリュックをおろし、中からカーナビのようなものを取り出した。

「これは追跡君と言って、秋月の発明品を身に着けているヤツの居場所が点になって表示されるんだ。スゴイだろ」
「それで……」
「秋月の発明品から微弱な電波が出ていてな。見たら、やたら移動しているヤツがいるから何だと思ってな」
「それって……秋月も持ってる?」
「あぁ、そうだが何か?」

 ブチンとブチ切れる音がする。
 アイツ、あるとの居場所わかるもの持ってて出さなかったんだ!!
 問わなかった自分にも腹が立ってくる。

「俺や秋月だから、これは役に立つんだ。
誰がどの発明品を持っているか、どの点がどいつを指し示しているかだいたい把握しているからな」
「何だよ、お前秋月の仲間か」
「仲間というより……監視役というか、制御役というか……」
「制御……なら、何であるとに装置を渡すの止めなかったんだ。あるとの前に2人に渡したって言ってたぞ。
止められたんじゃないのか!?」
「……それは、無理だな」

 リュックに追跡君を直し、納田は司を見据えた。

「秋月の発明品はたいてい俺の所にわたるが、時々ヤツは見知らぬ一般人に渡す。
実験台と称して、なるべく善良で普通の人にな。何故だかわかるか?」
「……わかんねぇよ」
「その方が面白いからだ。結果がどうあれど、な。
極力止めてはいるが、誰にいつ渡すかなんて秋月の気分しだいだ。止められるわけがないだろう」
「……本当、秋月って野郎は最低な野郎だな!!」

 腹の底から大声がでる。

「あると助け出したら、ぶん殴ってやる!!」
「それがいいな。まぁ、殴るぐらいでやめるようなヤツではないがな。
……極力被害を最小に収めるために、俺は追跡君を使って日々実験体の位置を把握している。
だが、複数いるし、俺は学生だ。行動は当然制限される。だから……何もできないと一緒だな」

 そういう納田の顔は、少し悲しそうだった。

「……ん? なぁ、位置を把握してるんだよな。じゃぁ、あるとの位置わかるんじゃないのか!?」
「……お前よりは少ないが、移動し続けている点があるな、たぶんそいつだろう」

 司は納田にしがみついた。

「頼むよ! その位置を教えてくれ!! っていうか、あると助けるの手伝ってくれよ!!」
「位置を教えるのはいいが……手伝うのは……」
「何でだよ!!」
「いや、だって……俺が秋月なら責任とれ! ってなって手伝うのわかるが、俺は別に手伝う義務ないし」
「……そりゃそうだ」

 会うのが2回目。しかもあるととは見かけただけだという。
 そんな薄い関係で、人探しを手伝うのは嫌だろう。

「……じゃぁ、追跡君貸してくれよ。あと、使い方教えてくれ」
「……壊すなよ」

 ふぅとリュックを下すと、中から追跡君を取り出す。
 追跡君はよく見ると、使い込まれている感があふれていた。

「ありがとう。でも、あんたいいのか? これ手放したら、洗脳されるんじゃ……」

 チッチッチ、納田は指を横に振ると胸ポケットから懐中時計を取り出した。
 それは、秋月が見せたものと同じだった。

「何の装置かは言えんが……他にもヤツの作品なら持っているから、大丈夫だよ」
「そ、そうか」

 納田に使い方を教えてもらいながら、司は今もなお移動し続けているあるとと思われる点を目で追う。
 
(あると、頼むから早まった行為はしないでくれよ……!!)

 祈るようにぎゅっと目をつむる。
 それを見て、納田はふと思い出したように口を開いた。

「俺たちが装置によって影響を受けないのは、その装置以外の装置を、
つまりその装置が放つ電波以外の電波が俺たちを守っている、妨害しているということだ。何が言いたいか、わかるか?」
「さっぱりわからん」
「少しは考えろ。装置以外の装置が電波を妨害する。
だから、装置によって洗脳されている友人にお前が持つ装置を……つまり、名刺を持たせるんだ。
そうすれば洗脳する電波は妨害され、正気になってくれるんじゃないか?」
「それって……俺がヤバくなるんじゃないのか?」
「そうだ、だから追跡君を死んでも離すんじゃないぞ!」

 ばんっと納田に背中を押され、司は走り出した。
 


BACK/TOP/NEXT