さびしん坊のあやし方

 

 

 

寂しん坊が顔を出す夕暮れ時に、家を出た。雪が覆っているためか、嫌なアスファルトの臭いがしない。雪は止んでいる。助かったと安堵しながら、一歩、また一歩と真っ白な地面に足跡をつける。けれど、行く宛はなくて、なんとなく、ほんのり温かい気がする夕日を頬に感じながら、さ迷う。

夕陽に誘われるがまま、近くの神社に立ち寄った。人がいなくて、寒い。とりあえず、手が千切れそうになるのを堪えて、お清めをする。境内にお邪魔したのだからと、お参りも済ませてみた。神主さんらしき人影が、ちらちらと動いている。何をしているのかと、曇りガラスの向こう側を見てみた。どうやら、やかんをかけた昔ながらのストーブで暖を取っているようだ。いいな、仲間になりたいなと思うたびに、まとわりつく凍えをより一層近くに感じる。

まだまだ、そこに寂しん坊はいる。仕方ないので、人を求めてコンビニに寄ってみる。人はいるはずなのに、無臭な店内はなんとなく冷たい気がする。お菓子コーナーやお弁当コーナーをいったり来たりと、三往復した。じっくりじっくりとみたが、やっぱりそれらも冷たい気がして、食欲は湧いてこなかった。最後に、コンビニを出ようとした時、温かいおでんの香りがした。それに誘われて、じっと卵や大根達を見つめてみた。とても美味しそうである。一口頬張れば、染み込んだ出汁が溢れ出すのだろうなと、想像がめぐる。もう一度、鉄製の容器の中を覗き込んでみた。実にこれだけは美味しそうである。

しかし、空はまだオレンジ色で、じっくりとこちらを見つめている。これを買うと家へ帰らねばならない。そうなるのは少し困る。たぶん、食べ終わったら、また寂しくなって、外へ出てしまうだろう。仕方ない、最後の手段と二つの駅を取り越した先にあるショッピングセンターに向かうことにした。二つ駅があるといっても路線の違う駅なので、さして距離はない。歩いて十分もかからないほどの長さである。ポツンポツンとある飲み屋は、まだ空く気配がない。ここは商店街のはずれでアパートも少ない。遊びに出る人も帰ってくる気配もない。あと一時間もすれば、数人の影があるだろうに、今は全くない。

しばらく歩くと、大通りに出た。自動車や大型トラックが我先にとタイヤを回している。横断歩道を渡ろうと、一歩足を出す。すると、そこをすり抜け、一台の車が走り去った。信号を無視したタクシーは、後ろに乗客がいる。タクシーに立腹しているバス運転手の顔が面白い。タクシーがまき散らした排気ガスが漂う横断歩道を、慎重に歩き切ると目的地のショッピングセンターだ。賑わいで溢れたビルに入っていく。雪だからか、人は少ないが、幾分か重なる人影があり、話し声が重なり聞こえる。

そよ風に流されるようにふらっと、目についた洋服店に入る。マネキンが素敵な洋服を着ていたのだ。どこにあるのだろうと、服や帽子、靴などをブラブラと見てみた。別段、買うつもりで来た訳でもない。店頭の人形は、素敵な服を見せびらかせていたが、あまり欲しくはならなかった。ほかに惹かれるものもないのでそのまま店を出る。次に雑貨屋に入っては、おや、可愛いなと思った置物を手に取ってみるも、動物の形をした置物の使い道が分からず棚に返す。もし小さな我が家に、アンティークなテーブルがあれば連れて帰ったかもしれない。

ちらりと外を見たら、まだ紫色がそこにいる。せっかくショッピングセンターまで来たのだ。予約していた本を引き取りに行こうと、エスカレーターをあがって本屋へ向かう。こちらも用が済んだらすぐに出るつもりで立ち寄るだけのつもりだった。しかし、前から気になっていた本をみつけてしまったのだ。そして、手に吸い付いてしまった。その本を片手に、雑誌コーナーを見たら、前から欲しかった雑誌もこちらへと手招きしている。迷わず、それも手に取った。そこで、うっかり立ち止まってしまった。二つを手に、どちらを取るかを吟味し始めたら止まらなくなった。実はあまり手持ちがないので、恐らくどちらかしか買えない。ここまで来るとは思っていなかったのだ。手に取った二冊を並べるのをいったん止めた。予約していた本もあるではないか。どれが一番必要かを自分に解く。

しかし、いつも間にか、どちらが一番欲しい物かを自問自答し始めた。今すぐ、気になる本を選ぶのだと、悪魔なもう一人の自分がそそのかしている。一方で、予約していた本は良いのかいと天使な自分が後ろ髪を引く。けれど、その頃には、悪魔の声しか聞こえなくなっていた。遂に、手への吸い付きに負けてしまって、結局気になっていた本を買うことになってしまった。なんて意思が弱いのだと自分を叱責しながら店を出た。

そうこうしているうちに、すっかり太陽は山の向こうに沈んでいた。ショッピングモールの光が強くて星は見えない。けれど、もう寂しくはない。もう寂しくないのだと、安心して家へ戻っていった。脇に楽しみを抱えた逸る気持ちが早足になり、私の帰路を急かす。雪に足がとられないように、しっかり踏みしめて、踏みしめて家を目指す。

もう、寂しくない。

 

 

 

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